忘れられない在宅での看取り

その方は、一人暮らしで身寄りもなく、がんの末期で病院にいましたが、最期は自分の家で最期を迎えたいという強い希望で、医師の反対を押し切って自宅に帰って来られました。その方の家のたたずまいから、人生を丁寧に、懸命に生きてきたことが私たちにも伝わってきました。すでにご自身がいつ逝っても、死後のことをご住職様にお願いしていたため、自宅で療養する1か月余りの間にご住職様が何度かきていらっしゃいました。

訪問看護に伺う中で、商店街の賑やかさの中で格子戸を開けたその向こうに、戦後から強く生き抜いてこられた方の人生が、もうすぐ終わろうとしていることを、街を歩く方に知ってもらいたい、

「今ここに、人生を終えようとしている方がここにいます。
よかったら、“お疲れさまでした”と声をかけて見送って下さい!」

と商店街を行きかう方々に叫びたくなったことがあります。
死を迎えることが異空間で、日常から切り離されているような感覚がありました。もっと生活の延長線上に身近に人の死があってほしいと思いました。地域の人たちみんなで見送ることが出来たらこんな素敵なことはないのにと思いました。

時代を超えて変わらない確かなもの、社会にとって最も価値ある重要なことは、「他者を思いやる」ことであり、悩み、喜び、悲しみ、笑い、考えることが、人らしさ」であり、人は人の中で成長していく、と考えた時、共に考え、悩むことなくしてはじまらない「看護」という仕事に、私たちは常に成長する機会を頂いていると、感謝しています。
死に向き合う時間は「過去・現在・未来に向き合って生きている時間」です。

私たちは、最期の瞬間まで、生きることを支援します。